1918年11月11日の第一次世界大戦休戦協定締結から100年。
青野原俘虜収容所講演会・写真展に出席させていただきました。
ここ青野原には捕虜収容所が設置され、500名ほどの捕虜が収容されていました。
オーストリア・ハンガリー帝国の捕虜が多かったことが特長です。
青野原俘虜収容所では、通常毎週ごとに半日程度の遠足が行われており、1か月に一度は一日がかりの遠足が行われていました。
捕虜が遠足などで収容所の外に出かけた際に写したと思われる記念写真が多く残っており、加西(一乗寺、北条の街並み、普光寺、奥山寺、日吉神社、大日寺、常吉天満神社、乎疑原神社)だけでなく、北播磨各地(西脇蓬莱橋、滝野闘龍灘、光明寺、社佐保神社、八志路幼稚園、旧制小野中学校)の100年前の姿がよくわかります。
特に近隣の住民の皆様との交流、子どもさんとの交流、野外での演奏会、演劇会、旧制小野中学校とのサッカー試合、繁昌上池での水泳、豚の飼育などの写真は、100年前の地元の皆様との温かい交流の姿を映しだしています。
ここ青野原町には、浴場など当時の建物が現存しています。
人類史上、最も犠牲者数が多い戦争の一つ第一次世界大戦。
しかし、100年前の地元の皆様との交流が、オーストリア共和国はじめ各国との友好・親善につながりますことを祈念申し上げます。

100年前の交流の姿

当時の浴場が現存

お風呂

風呂を焚いたのは

熱を逃がさないようにコンクリートの間に土を