自民党青年局(牧原秀樹団長)として台湾を訪問させていただきました。
国交断絶後、海部俊樹青年局長及び小渕恵三青年部長(当時)と蒋経国中国青年救国団主任(後の総統)との会談以来、自民党青年局が、中華民国、台湾との党の唯一の窓口機関として青年交流を続けてきており、この一環としての訪問となります。

馬英九総統、王金平立法院院長(国会議長)、朱立倫国民党主席、蔡英文民進党主席(牧原団長と)、吳釗燮民進党秘書長(幹事長)、張德聰中国青年救国団主任、李嘉進亜東関係協会会長と、国の要人との会談、意見交換等を行わせていただきました。
来年、平成28年1月16日には、総統選挙、立法委員選挙(国会議員選挙)のダブル選挙が行われます。
外交は、国益を賭けた戦いです。
中華人民共和国の国力(軍事力、経済力)増大と、日本国の相対的な国力低下という現実、両岸関係の進展と親中派の存在という現実を直視しなければなりません。外交力の強化を行う必要があります。

馬英九総統と

馬英九総統と

呉民進党秘書長(幹事長)と

呉民進党秘書長(幹事長)と

台北市周麗芳副市長、新北市朱立倫市長(現国民党主席)、高雄市陳菊市長、康裕成市議会議長など、自治体トップとの会談、意見交換等も行わせていただきました。 直接選挙による歴代総統(李登輝、陳水扁、馬英九)は、すべて台北市長経験者であり、台湾における自治体トップの重要性、行政経験の重要性が伺えます。
来年の総統選挙立候補予定者は、国民党、民進党ともに女性であり、周麗芳副市長、陳菊市長、康裕成議長も女性、お会いさせていただいた市議会議員(台北市、新北市、高雄市)も女性議員が多いなど、女性の進出が、日本よりもはるかに進んでいます。
高雄市では、陳菊市長、康裕成議長をはじめ、市役所、市議会あげて熱烈な歓迎をいただきました。
高雄市役所では、東日本大震災復旧・復興支援のために、全職員の皆様が、1日分の給料を返上し、寄付をされたそうです。
東日本大震災において、台湾から寄せられた物心両面での支援、こうした台湾の皆様による草の根からの支援に、心より感謝申し上げます。

陳菊高雄市長と

陳菊高雄市長と

また、李雪峰台湾高座台日交流協会理事長はじめ台湾高座会の皆様と懇談させていただいたほか、台北二二八記念館の視察、高雄忠烈祠への献花等を行わせていただきました。
台湾高座会とは、第二次世界大戦中、航空機製造のために神奈川県の高座海軍工廠等で少年工として働いた台湾の皆様の同窓組織です。台湾からの少年工の皆様はおよそ8,400人にものぼるとされています。
李雪峰理事長の講演や、皆様との懇談では次のような話をいただきました。
平均年齢は87歳。少年の身で最新鋭の戦闘機製造に携わるという空前絶後の貴重な経験をした世代。神奈川県の高座海軍工廠では、地元の農家の皆様などに大変お世話になり、その子や孫の皆様と世代を超えた交流を続けている。
強制ではなく、両親の許可を得なければならなかった。
日本の教育は良かった。修身で教わったことが、その後の人生で、生きていく基本になっている。
日本人として生まれて、日本人として育ったのに、突然、中華民国国民にさせられた。敗戦国民から、突然、戦勝国民にさせられた。
サンフランシスコ講和条約で日本は台湾を放棄したが、帰属先は明らかにしていない。
日本の植民地、占領地は、戦後いずれも独立したが、台湾だけが独立させてもらえなかった。複雑な思いがある。
名古屋三菱航空機製作所では名古屋空襲を受けた。友のために、訪日の際には、必ず靖国神社に参拝する。
皆さんは若い。年老いた我々と交流するだけでなく、若い世代と交流してほしい。若い世代に「日本」を知ってもらうために。

台湾高座会の皆様と

台湾高座会の皆様と

台北二二八記念館では、二二八事件について学ばせていただきました。 二二八事件とは、戦後、1947年2月28日から台湾全島で起きた国民党統治への抗議行動に対し、国民党軍による武力弾圧、虐殺などにより、1万8千~2万8千人(行政院1992年推計)もの犠牲者が出た事件のことを指します。この事件の際、発令された戒厳令は、40年後の1987年まで継続されました。医師、弁護士、大学教授など日本の教育を受けたエリート階層が狙い撃ちにされ、その後の台湾に甚大な被害をもたらしたとされています。 台北二二八記念館の日本語ガイドさんは、日本の教育を受けて感謝をしており、恩師へのご恩返しのためにボランティアでガイドをしている、とおっしゃっていました。

高雄忠烈祠は、高雄市内、高雄港を一望に見渡せる絶好の場所に在ります。 高雄忠烈祠において、献花とともに、戦没者の皆様に、心より哀悼の誠を捧げさせていただきました。

高雄忠烈祠献花

高雄忠烈祠献花

国際政治の現実は過酷です。 台湾からは、多くの観光客の皆様が日本を訪れます。 東日本大震災では、物心両面での支援をいただきました。 しかし、日本人として生まれ育ち、日本の教育を受けた80代半ば以上の皆様がいなくなったときにどうなるのでしょうか。 戦後70年になります。 若い世代の、国の指導層は、アメリカ合衆国に留学をし、中華人民共和国とビジネスを行い、両国のことは良く知っていても、日本のことは知っているのでしょうか、そもそも日本は知ってもらう努力をしているのでしょうか。 東アジアの平和と安定のために、外交力の強化が必要です。